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26-06-24

最近20代が40代を観察する構図のコンテンツが多い。 具体的にはsyamu、カツドンチャンネル、キビボなど、これの極地には絶望ライン工ch(突き抜けたフェイク野郎)がある。 もっと解釈を広げるとひろゆきやホリエモンもそうだ。

飛躍するのだけど、全体的に殺されたがってる感じしない?幼少期に感じた父性を手懐けたい?子は父を殺し、母を犯して王座に付く物語だと思ってる?(飛躍)。漠然と全体の雰囲気を見ていると、完璧にボコボコにされて、その後に偶然に生還して生を実感したい視聴者がほとんどという印象を受ける。現状の負荷は居心地悪いから、量化したいみたいな欲求が全体で共通してるんだよね。曖昧な感覚なんだけどイナゴコンテンツの視聴者を見てると「殺すんなら殺してくれよ!(殺してほしいとは言ってない)」という叫びを受け取る。

この感覚はめちゃくちゃ分かる(突然解釈して突然共感し始める)。

日本は安全すぎて、マジの娯楽である生還欲求が満たされないと思う。自発的ではなく、必然として起きる純然たる理不尽に殺されるも、実は生きていましたという循環のことだ。死んだと思ったのに生きてるのってめちゃくちゃ最高なんですよ。生を実感したいとかではなく。

欲求は流石に分からないけど、どん詰りコンテンツにハマってる人物像は漠然と「死に足りなさ」を抱えてて、それが自作自演なら満たされないから、どうしようもなく「質の悪いコンテンツを繰り返し見る」という報酬系に操られているのだと思う。

私は山で遊んだり、いじめをうけたり、一度事故にあって死にかけたので、この童貞から抜けていると感じる。 現実で人と話してても、何かどうでもいいことをで鬱屈してる人はどうにも「死に足りてない」ように見える。 逆に複数回死んだかもしれない人の感性には共感する部分がある。

私は自殺とか関係なく、複数回死にたい。なぜなら人生においてまだまだ死に足りないからだ。 それはわざと危険行為をしたり、フロンティアを切り開くことでは解消できない。出口がなく、ある日突然に死んで、いつの間にか生きている。 生還とも違う。ただ生きていて、いつの間にか死んでいるのだ。

人は不条理によって二度産まれる。1度目は非合意の出産から、2度目はどうしても受け入れがたい理不尽をもって

以上、お前らの鬱屈した感情は全部「死に足りなさ」なんじゃないの?でした。

ここまでオカルトです。

?26-06-25 | ?26-06-23