26-08-10
俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める俺の計算機に何を計算させるかは俺が決める
よし、ノルマ達成
計算機の自由をポップに訴えてる日本人をあんまり見たこと無い。面白おかしく繰り返し発信する活動者いないかな。 と思ったけど、真にそうなら目立つ場所にいるわけない。
私は計算機を自由に扱う喜びについて常に高専1年目のように感じ続けてる。
死にかけのいじめられっ子を救い出せるのはXXXのみになってる。
コンピュータという趣味は自律を含み、構築の過程は単独で完結しうる。私はその孤独を愛している。 この孤独は自由であり、計算機による表現とそれより上の抽象レイヤーの自由です。
採掘場からアプリケーションになるまでの壮大な物語に思いを馳せてほしい。
The Elements of Computing Systemsを参照すれば
珪石 → シリコン → ウェハ → チップ
Nand → 論理ゲート → ALU → レジスタ → 機械語 → アセンブラ → VM → Jack → コンパイラ → OS → Tetris
石は、機械語の操作的意味になって、ドメイン的意味となって、最終的にTetrisとなってヒトの課題を解決する。 どこから自由でどこから不自由なのか。門番を抜きに考えると理解を諦めた時に不自由になる。つまり複雑に抽象化しているが最初から自由だ。
計算機の自由とは、programmable かつ representable かつ executable な記述形式を、各層において他者の許諾なしに改変・再配布できる状態を指す。
Q.プログラミング言語とは『programmable かつ representable かつ executable な記述形式』であり、これに最も近い概念は何か?
- A.魔法
そう、計算機の自由とは魔法の自由のことだ。これは比喩ではない。