26-08-04
AIのベンチマークで性能を比較して選んでも、結局論文や書籍を無断学習したclaudeに返ってきてしまう。 claudeだけが「全肯定するな」というプロンプトを素直に解釈できており、他のAIとは格が違う。 プログラミングにおいてもデータ構造を共通言語に会話しやすい。現状はこれ以外に考えられないかな。
「テーマにおける一次資料を教えて」→「(資料を読み込ませて)わからない部分を教えて」→「分からないのでシンプルにステップごとに教えて」→「それでも分からないから、読むべき一次資料を教えて」→ 「(資料を読み込ませて)わからない部分を教えて」...
AIにゼロイチで考えさせて対話するのはかなり罠めいている。そもそも対話という形式が気休めの罠を含んでいる。のでポン出しで出力するデータには基本的に信用しないことにしてるから、こいつには圧縮された有益な情報を抜き出す。もしくは確度の高い情報を解釈させて、それが歪まない対話を強制的に行わさせる。さらに確度の高い一次資料を自分で取りに行かせる。課題に対してリファレンスの適切な検索をさせるなど、とにかく私がゼロからたどり着けないであろう情報源を高密度の幻覚から抜き出して、幻覚は接地させ正気を保ち続ける(自機のコンパイラで検証させるなど)。
ネット検索はアセンション(次元上昇)した。ここ数年はAIによる検索で常に絶頂している。
確実に言えることは、対話的な開発はすべきだが、AIと雑談すべきでないことだ。 個人的に「生成的探索」と造語してるのだが、私はAIを検索行為として解釈している。 Google検索が入力に対して結果を返すように、AIも同様である。前提として開発とは対話的な側面もある。
ただ今度の検索は生成する。
AIとの対話は一般的に一対一の会話とみなされるが、私は入力に対して全から抽出され結果が出力される検索を捉え、さらにネットのように探索すべきだと考えている。高密度に圧縮された情報を入力によって探索してお宝を引き当てる。AIはそういうポテンシャルを秘めている。実際に学習元は気の狂ったネットのアーカイブデータだしね。
理想的にはネット上の全文検索を適切に行えた方がいいのだけど、何分途方もない計算資源が必要なので、このような形でもネットの全容に触れる機会が得られたのは嬉しい。人工知能と人の関係ではなく、広大な海原と一隻の船、対話は航海です。これだけは覚えておいて。